「兼高かおる世界の旅」
(The World Around Us)

Pan Am (1927 〜1991)

 The World Around Us is a travel documentary that is telecast weekly over 31 stations throughout Japan to an audience averaging about 13,000,000. It has won awards for excellence not only from Japan, Australia, India, West Germany, the United Kingdom and the United States, but it also is recommended by Japan's Ministry of Education.

(Excerpt from a booklet published by Marketing Services International, Inc. Two pictures on this page are copied also from the same source.)


 

<2005年6月7日読売新聞紙上で始まったシリーズより一部抜粋>

≪ 国民の観光渡航が自由化されたのは、1964年。取材や商用などの業務渡航は既に緩和されていたが、外貨の持ち出しは一日17ドル(当時1ドルは360円)に制限されていた。海外へ撮影隊の送り出しを模索していたラジオ東京テレビ(KRT.現TBS)は世界の空に君臨していたパンアメリカン航空(当時)の無料移送協力の申し出に飛びついた。世界各国の風俗や文化を伝える異色番組「世界飛び歩き」は、兼高を迎えて1959年から放映開始。翌年、「兼高かおる 世界の旅」と名称を改めた。≫

≪テレビ時代劇「水戸黄門」などのナレーションで人気だった芥川隆行との掛け合いは好評で、「放送夫婦」と呼ばれたペアは最後まで続いた。≫

芥川さんは、番組の最終回の放映から2日後に亡くなりました。頑張って最後まで見届けてくれたのだと思いました。」

≪「兼高かおる世界の旅」を、スタートから25年間支えたパンナムは、初めて世界一周路線を開設し、1960年第初めには全世界の国際線輸送量の6割を占める航空業界のリーダーだった。≫

   何より,非常な日本びいきだった極東地区広報支配人のデビッド・ジョーンズさんの力が大きかった。取材班が敗戦国のみじめさを感じないよう,飛行機はすべてファーストクラス。各地の一流のホテルを手配してくれました。

   外貨規制で、国外に持ち出せるのは1日17ドルまでという時代。パンナムの援助なしに海外取材は出来なかったと思います。おいしいレストランにも連れて行ってもらいました。イタリアで初めて生ハムというものを食べ、おいしいなあと思いました。

世界の空を支配したパンナムも、70年代後半に米国から始まった航空自由化の波の中で、次第に経営は追い込まれ、86年には太平洋路線から撤退。同社が運航を全面停止したのは、くしくも番組が幕を閉じた翌年の91年だった≫

   レールを敷いてくれたパンナム。縁の下の力は大きかった。それだけに、消滅した時には本当に驚きました。

<注: 読売新聞解説「時代の証言者」2005年6月7日に始まったシリーズより抜粋>