Pan Am (1927 〜1991)

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 Juan Terry Trippe(English)  ホワン・T・トリップ(日本語)   Charles A. Lindbergh
 

1927年

パン・アメリカン航空創立。フロリダ州キーウエストから145km南に位置するハバナへの国際定郵便輸送から始まった.

1929年

世界で初めて計器飛行を開発・導入。またチャ−ルズ・リンドバーグを技術顧問に迎え、太平洋、大西洋などの航路開拓調査、航行術の開発に力を入れた.

1930年

中南米23カ国へ19,320kmの路線網を有する国際航空会社へと成長。

1935年

世界で初めて太平洋横断空路開拓。サンフランシスコ/マニラ間をハワイ、ミッドウェイ、ウエーク、グアムを経由し所要時間59時間48分で飛ぶ。翌年、定期便を就航。(チャイナ・クリッパー)

1939年

大西洋横断空路でも世界初の定期便を就航。(ヤンキー・クリッパー)

  • 北大西洋路線 (NYCからニューファウンドランド経由サザンプトン)

  • 中部大西洋路線 (NYCからアゾレス諸島、リスボン経由マルセイユ)

 

1939年〜1945年 第2次世界大戦

  • キャノンボール路線 (マイアミから南米、大西洋を越えてアフリカ、そしてインドへの18,515km)

  • ハンプ (ヒマラヤを越え中国まで)

1940年

サンフランシスコからホノルル、キャントン島、ヌーメア経由オークランドへの新路線開設。

1941年

サンフランシスコから香港、シンガポールへの定期便就航。
   ニューヨークからパナマへのノンストップ便開設。
   南米からアフリカへの定期便就航。

1947年

世界初の旅客機による世界一周定期便運 航を開始。
航空会社としては初めて、世界各地にホテルビジネスを展開し観光の発展のために多大な貢献をすることとなるインターコンチネンタル ・ホテル・コーポレーションを全額出資の子会社として設立。

 

1948年 西ベルリンへの生活物資空輸

1948年

ニューヨーク/サンファン間にツーリストクラスサービスを導入し運賃を133ドルから75ドルに値下げした。これは航空機での旅行 の大衆化への第一歩となる。

 

1950年〜1953年  朝鮮戦争

1950年

社名をPan American Airways から Pan American World Airways へと改名。

1952年

大西洋横断ルートに長距離用大型機(DC-7)を導入。

1955年

他社に先駆けてDC-8型機を25機とボーイング707型機20機を発注。

1958年

ボーイング707一番機がニューヨーク/パリ間に就航し世界の空はジェット機時代に入った。

1962年

航空会社では初めて、世界を網羅するコンピューターによる予約システム(Panamac)
を開発・設置。

 

1964年〜1975年  ベトナム戦争
   ・MACチャーターに加えて R&R フライトを1ヶ月1ドルという形だけの料金で行う
    ことを申し出た。しかし最初の4ヶ月で300万ドルの経費が嵩んだため政府は
    それ以降実費を支払った。      

1966年

ボーイング747型機を25機、そしてその後8機を追加し計33機を発注。

1967年

大阪初乗り入れ。PA819 LAX/HNL/TYO/OSA

1969年

PA801 JFK/TYO/OSA/GUM

1970年

他社に先駆けてニューヨーク/ロンドン間にボーイング747型機就航。Jumboの愛称で親しまれる。

1972年

世界最大の自社エアーターミナルWorldportをジョン・F・ケネディー空港に開設。

 

1973年〜1974年  第一次オイルショック

1976年

ボーイング747SP(超長距離型機)を導入し、世界で初めて東京/ニューヨーク間
ノンストップ便を就航。

1978年

ナショナル航空との合併を提議。(8月23日)
1978年10月24日 「航空規制緩和法」制定{Deregulation Act-J. Carter, President}
1982年1月1日から国内線新路線の許認可権を適格性条件以外すべて廃止
1983年1月1日から国内線航空運賃規制廃止
             国際線航空運賃規制、米国運輸省(DOT)へ移管
             企業合併・買収に対する規制権廃止
1984年12月31日をもって民間航空委員会(CAB)廃止

  1978年〜1979年  第二次オイルショック
1980年

ナショナル航空と吸収合併。
ニューヨーク、マンハッタンの本社ビル売却。

1981年

インターコンチネンタル・ホテル・コーポレーション売却。
ニューヨークから東京経由北京への運行を32年振りに再開。

1982年

世界一周便を中止。

1984年

1978年より運航していたOSA/HNL線を中止。

1985年

太平洋線運航権を航空機、太平洋地域の従業員を含めて7億5,000万ドルで
ユナイテッド航空に売却。
1986年2月10日 太平洋線最後のパンナム機(PA830 TYO/HNL)が日本を後にした。

1988年

テロ爆弾によるロッカビー(スコットランド)でのボーイング747型機墜落。

 

 

1990年8月2日未明のイラクによるクエート侵攻から始まった湾岸危機・湾岸戦争

1991年

1月8日 米連邦破産法11条(Chapter 11) に基づく会社更生手続きを申請。

1991年

12月4日 運航を全面停止。

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